二十億光年の孤独
2023年5月28日、瑞牆山、不動沢は弁天岩、「二十億光年の孤独」をRPすることができた。2回のツアーで、合計5日11トライ(うちTr9トライ)。通算で、恐らく第6登に当たるかと。
このラインが初登されたのが2013年の夏。渉先生が21歳の時。不動沢の最深部でひっそりと、そして美しいクライミングが展開されたのだろう。
遠いアプローチとシーズンの短さ、トライのしにくさに加えてその純粋な難しさと、前傾のフェイスムーブをナチプロで越えるという精神的負荷も相まって、その後トライされることも少なく、忘れられたような格好になった。
いや、その表現は正しくない。
渉先生のクライミングが、時代を先取りしていたように感じる。出過ぎた杭は、打つ事もできない。理解することすら難しい、そんな行為。。
再び光を当てたのは、いや、ようやく時代が追いついたのは、ご存知R/X専門家のYu氏によるところが大きいだろう。渉先生がプロジェクト(初登されてHumble)に取り組まれていたのと同時期とは言え、チョーク跡の消えて久しいこの難遠長なルートのトライには大きな労力が必要だっただろう。
自分はそのタクティクスを伝授して頂いたおかげで、効率的にトライできた。また、同時期にトライされていたキム兄さんの存在も大きかった。
RP当日もそうだが、色々な人の強力な支えで完登できたと言える。
以下は、そんな素晴らしいルートに向き合った珠玉の5日間の記録
Day1 2023年5月1日
GW3日目。後輩を小川山に残置してYu氏と弁天へ。不動沢をここまで詰めたのは初めてだった。
まずはTr張りから。Humbleの長いfixをユマールして、類稀なる大前傾壁の頭へ。まぁ得意分野。
上部の煩わしい石楠花の藪をかき分けて何とかロープが張れたらもう正午。
開拓クライミング力がかなり必要な作業だった。
この日はTrで2便出して終了。出だしのルーフトラバースはよく分からず。中間部のフェイスムーブは解決して、核心はムーブは何とかできる程度。
Day2 5月3日
中一日あけて、後輩も交えて弁天へ。出だしのムーブは何とか固まって、核心手前のレストポイントまではなんとか繋がった。核心はワンテン。まだ繋げれるかと言われると怪しいレベル。
Day3 5月5日
Yu氏に加え、浦野さん、キム兄さんを交えた強力な布陣で再び。
この日は前日にアクティブレストで行った龍脈門にシューズを忘れていて、しじま谷にそれを取りに行ってから行ったのでなかなかくたびれた。
1便目はいつもの通りアップも兼ねているので少し抑え気味で。それでもレストポイントまでは落ちなくなってきた。セッション効果か、僕の核心ムーブは結構悪いことしてることが判明。アンダー返す前に思い切り左足を上げて、左手から返すといい感じ。
体もあったまった2便目は、核心で1回テンションが入ったものの、感触はかなり良くなった。
Day4 5月27日
Yu氏のバングラデシュ出張や、名張Pのトライも重なって、かなり期間が空いた。名張Pは2週連続で天候敗退。もうリードするだけなのに、トライすらできない。なかなかメンタルをやられるが、切り替えて弁天へ。
この週はバングラ風邪(?)にやられたYu氏がグロッキーし、土曜日は浦野さんと2人で弁天。この日は7時くらいに起きたら、浦野さんはもう弁天に到着してるとの連絡。絶倫。。。
1人なら1時間を切るアプローチを歩いて到着すると、Humbleにぶら下がってる浦野さんをビレイに入る。ムーブはかなりいい感じで起こせているが、ヌメってるらしく、繋げるのはキツそうだな、、
なんて思ってたら、降りてきた浦野さん、開口一番に、
「ブチ落ちる覚悟でリードしてみるわ!」
いやまじスカ、、
どうなってんだこの人。
自分も取り敢えず1便出す。体が冷えてて指が悴むが、感触はいい。核心は左手が少しヌメッて気持ち悪い。その後に浦野さんのHumbleリードのビレイ。核心に突入したところで、左手が捉えきれず、10mくらい”ブチ落ち”てきた。確かに被りがすごいので、どこにも当たらない。僕は、跳んでもないのに3mほど上に吹っ飛ばされた。ロープに荷重がかかり始め、伸び切るところまでいってからゴム紐が戻るように跳ね上げられたのは新鮮だった。荷重のかかり方と、ビレイヤーへの衝撃に時間差があるのである。
さて自分も2便目、体があったまって、レストポイントまでは非常に安定して繋がる。ここまでで12dくらいらしい。知らんけど。
核心ムーブも安定してこなすが、やはり核心の左手を捉えてから足上げて右手を出すところで吐き出される。色々試したけど、元のムーブがしっくりきたので確定。
風が吹いてきて、リードするか迷ったが、流石に心構えをしてない日にやるのは危ないので、やめ。3便目を出さず、明日に温存することに。
因みに浦野さん(51)はHumbleの核心から降ってきた後に、20億光年をTrでトライ。明日は早朝から二子山とのことだが、今日はあんまりヨレてないので明日は思い切り乾杯ができると喜んでおられた。
どうなってるんだこの人、、
Day5 5月28日
さぁ勝負の日。
瑞牆の下のダムの駐車場のオープンビバークから気持ちよく目覚めた我々は、一緒に泊まっていた遅刻軍団の面々に別れを告げ、一路瑞牆へ。いや、Yu氏は気持ちよくなさそう。
結局体調が戻らず、Yu氏は屏風でリタイア。今日はキム兄さんと、山本さん。不動滝まではnomyさんと一緒で賑やかだった。
とりあえずTrで1便。いつもアップ感覚だが、今日はリードするのでより慎重に。もう忘れたけど結局核心ではしっかり落とされた気がする。最後までTrノーテンにはなってないけど、もうTrでやりすぎるのもアレなのでリードする気持ちに変わりはない。
リード1便目は核心を最高の安定感で越え、現実感を喪失したまま、絶対にやってはいけないミスを犯し、その代償として完登を逃した。
肉体、精神ともにかなり疲弊したが、何かの拍子に気持ちが完全に切り替わり、直前に第5登を果たしたキム兄さんに、これ以上ない励ましの言葉を頂き、まさかのリード2便目。
どこで落ちてもおかしくないと思ってたけど、1便目より遥かに精細に欠けるムーブでこなした核心は、ギリギリのところで最後のガストンを捉えていた。
最後の寄せは流石に声が出たけど、なんとか押さえ込み、荒い呼吸を沈めながら最後のスラブを登り切った。
2便目は本当に、究極的に自己との戦いであり、最後は弱い自分を全て否定し、力だけでもぎ取った完登となった。こういう成果は、本当に嬉しいものである。
ここ半年ほど、名張プロジェクトへのトライや、色んな人との交流もあり、クライミングへの向き合い方が気付かぬうちに変化していた。
そんな僕にとって、トップロープでトライすると言うことは、最大限の妥協と言えた。
しかし、それをしても尚、登りたいと思えたのが唯一、このルートであった。
ボルトが打たれていたとしても、ムーブだけで本当に面白いこの花崗岩の大前傾壁。
それを、オールナチプロで登れると言うこの奇跡を、自分は上手く言葉にできない。
でもこれほどの壁を登り切って、振り返ればそこにボルトがないなんて、そんなのこの上無く気持ちいいに決まってるじゃないか。
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