【雨の珈琲1】 モンスーンマラバール

焙煎前は非常に独特な色と香りをしている。

遡ること数百年。時は18世紀。大英帝国の植民地支配下にあった当時のインドでは、紅茶やコーヒーなどの生産と欧州への輸送が大きな産業となっていた。

紅茶をどれだけ早くイギリスに運べるかのある種レースのような文化が起こり、高速帆船の技術が飛躍的に向上した。いわゆる「ティークリッパー」と呼ばれる船舶だ。

特に有名なのは「カティーサーク」と「サーモピレー」の争いだろうか。サーモピレーは上海〜イギリス間の最速タイムを更新し続けた名船。1872年に同時に上海を出発して115日後に先にゴールしたのはサーモピレー。ただ、途中で舵を故障してケープタウンで修理を余儀なくされたものの7日の遅れで抑えたカティーサークが、勝負には負けたものの高く評され、現在でも名前が通っているのはこちらの船である。

カティーサークは現在でもイギリスのグリニッジに現存しており、ワインの銘柄としても非常に高名であることはもはや触れるまでもない。


この豆は、そんなインド植民地からイギリスまで帰着する長い航海の最中に、甲板などで風雨に晒されて膨張したことで偶然誕生した。そのため、黄金色とも言われる焙煎前の独特の白さが目を引く。

現在ではそれを再現するために、インド国内(マラバール海岸)にて2〜3ヶ月ほどかけて季節風にさらされる。それゆえのモンスーン豆だが、非常に手の込んだ工程だな。

味は酸味の少ないバランスの良さが特徴だが、豆が新鮮なうちは独特な香りがして新鮮な気分を味わえる。

好き好みは分かれるが、筆者は非常に好きな風味であった。

ぜひ、新鮮な豆で、焙煎したてを楽しんで欲しい。


現在では日本〜欧州までの直通便は16時間ほどであろうか。空輸や海運も発達し、物流網は地球規模になって久しい。近所のスーパーに行けば世界中の食材、勿論コーヒー豆も手に入る。家にいて、ボタンひとつでものが買え、海外からの個人輸入も可能だ。

つい(と言って良いかは分からないが)200年前にはこの何気ない嗜好品が大英帝国繁栄の象徴であり、多大な労力と危険を払って、膨大な時間をかけて消費者のものに届けられていた。

時代が違う、比べるまでもない。

でも考える。200年前にこの味を楽しんでいた人は、どんな人だったんだろう。そしてその味を守っていた人はどんな人だったんだろう、

そんなことに思いを馳せながら、僕はこのコーヒーを一口啜る。

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