上ノ黒ビンガ 「What’s my life 5.10- PD/300m」初登
Day3 9/13
いつものようにマルタイラーメンを啜って裸足で出発。ラインは、繋がるのか。
アプローチ1p目 ワイ
5.7、4mほどのダブルクラック。マントル部がややパワフル。西村がリードしてFix。加藤がFixで登る間に先を偵察。どうやら前に見えている岩稜を巻けばすっきりした壁が出てくるのではと予想(妄想)することに成功。
アプローチ2p目 パイセン
歩き~5.8のダウンクライム~歩き。ダウンクライムはかなり恐ろしい。パイセンが気合いでリード。
でもこのパート、フォローの方がはるかに恐ろしい。頭上のプロテクションは回収しているので、足を一つ滑らすと激流の黒部本流に真っ逆さまである。荷物も背負っていて、おまけに下からロープで引っ張られる。必死の“緩めて“コールも無慈悲な黒部の唸りにかき消される。なかなかに恐ろしい体験だった。
1p目 5.8 30m hand~offwidth &slab ワイ
巻いた岩稜の裏にやっぱりあった。ホールドのありそうなスラブとばっちり開いているコーナークラックが。どう考えてもこれが1p目。某開拓クライマー氏や某開拓クライマー氏にさんざん連れまわしていただいたオレの嗅覚なめんじゃねえとばかりに西村リード。岩も硬く、快適すぎてウハウハが止まらない。途中、相当やばいバランスで居座っている落石ブロックを回避するためダブルロープの流れを相当慎重に意識して立木でピッチを切った。
2p目 cont. 50m パイセン
どうやら、左上に見えているあのすっきりしたスラブをグラウンドアップ&オールナチプロで登るのは風車に臨むドン・キホーテのようなものらしい。よし、あそこを不可能“だろう“スラブと名付けよう。諦めて目の前の藪を回り込んで、藪とクラックを駆使して登れるラインでも探そうとルンゼの中を加藤がロープを延ばす。だが、なかなかロープの出が止まらない。焦る。このまま藪のルンゼを詰めるだけってのはごめんだ。
フォローして分かった。この壁、想像以上にフクザツな構造をしているのである。成程、厳しいタタカイになりそうだ。
3p目 cont. 30m ワイ
取り敢えず加藤さんがピッチを切った正面の岩壁に活路を見出す。とにかく、カムが決まるか否か。上に下に散々動き回ってラインを探ったが、出た結論はNPでは不可というものだった。浮石だらけの未知の垂壁のRだかXだか分かんねぇルートをオンサイトでやるにはオレの命は惜しすぎる。この時点で完全に意気消沈。もう終わったと思った。これだけのアプローチをこなして結局藪漕ぎクライミングかよ…ガクッ…。最後の希望は数十m上に見える、やや傾斜の落ちた草付き交じりのライン。ややしょぼいが、しっかり立っており、上部は何とかなりそうな感じがする。とにかく下まで行ってみようとロープを延ばす。
4p目 5.10- PD 25m ワイ
下まで行くと、なるほどここしかない。この広大な岩の海原で、我々がこのスタイルを貫いて攀じれるところはこのラインしかない。しかし、そこにラインを見つけ出すなんて芸当が果たしてできるのか。流石にリードを交代し、静かに取り付く。
序盤は簡単なスラブを7~8mほどノープロで一気に駆け上がる。眼下にはコバルトブルーの黒部川。すごい高度感だ。ようやく決まった1ピン目はBDのストッパーの#4。でもこれは100%自信が持てるセットだ。絶対に外れない。何度もテスティングをして耐荷重6kNに命を預ける。なんせ、節理が少ないので、プロテクションの左右間隔も3mほど開く。それほど右往左往して探していたのだが、ダブルロープにしていてよかった。流れは完ぺきに近かった。核心手前のC4#0.4は土をほじくり返して複雑な形状に無理やりぶち込んだ。これは信頼できる。俺、冴えてるみたい。核心ムーブ。直上すると手詰まりになる嫌な予感がした。逆層のいかにも滑りそうなスタンスで、3mほど右にトラバースを決断。
すぐ先のフレークまで到達出来たらあとは何とかなりそうな予感はあった。ホールドも所々浮いており、中々恐ろしかったが安定して突破。そこから5mほど上がった小レッジでめちゃくちゃ頑張って支点を作ってピッチを切った。もうちょい行けたっちゃ行けたけどね。うん。それは面白くないじゃないか。
5p目 II + 40m パイセン
「リードします?」加藤に尋ねる。迷っているようだ。無理も無い。さっきのピッチはビレイヤーにも負担をかけただろうし、フォローでも、荷物もありなかなかのクライミングだったはずだ。個人的にはまだ露出している岩が目の前にある以上、そこはリードしたくてたまらないが、ここのヘッドウォールをツルベで登りたい感もある。そちらの方が自然だからだ。加藤は行くことを決めた。
右側の岩はまたまともにプロテクションが取れないため、流石に藪に突っ込む。なんだかムニャムニャやっていたがなんとか突破した様子。よかった。ここのフォローは片方岩、片方ハイマツのワイド登りなので、ザックが引っ掛かりまくってなかなか難儀した。
6,7p目 cont. ワイ&パイセン
長さ的には1pで足りるが、薮が濃すぎてドラッグしそうなのでピッチを切った。加藤の最後のリードで遂に稜線に飛び出した!
その先の稜線は収束している薮地帯で、先へ進めばビンガのピークがあるかもしれないが、トップアウトしたし、いい時間だったし、何より我々はあのヘッドウォールを、グラウンドアップオールナチプロのオンサイトで初登したんだ。クライマーとして最も危険な「満足感」をやや感じつつ、ここでこの登攀を定義づけて裏側のルンゼを下ることにした。
その下降も、ピッチ毎にロープを束ねることで最速の下降を実現した。急がば回れ、ここにありである。60mダブルロープで6回の懸垂を終えるとそこは黒部川の河原。ロープを解き、ハーネスを脱いで束縛から解放される。加藤と硬い握手。もう潜むリスクに警戒し続ける必要はない。
途中、繋がらないかと思ったラインは確かに繋がった。是非もない、自分の生き方を、黒部という登山家憧憬のこの地で、表現することが出来た。ちょっとばかり飯を多めに食って、今日は寝よう。
Day4 9/14
この日、朝から気合の渡渉で加藤が対岸にわたり、全景の写真を撮ってくれた。アツい漢だ。
幕営地を撤収し、最後の懸念、スゴ沢へ。こちらは超綺麗で快適なII級の沢歩き。関西にあったら人気の沢だがここでは無名の支流。
途中、登攀意欲そそられまくりの30m程のナメ滝をフリーソロで登っておいた。立地的にも初登だと嬉しいな。
だが沢が終わって稜線までの区間はやっぱり薮だった。ウム、そうだここは黒部。そう易々とはいかない。想像よりも長く辛い薮セクションを抜けると、スゴ乗越に出た。
薮がない登山道は涙が出るほど快適だった。
Day5 9/15
今日は雲ノ平に帰るだけだ。(結構長いけど…)
暖かくもてなして下さったスゴ乗越小屋の方、ありがとうございました。飛び込み宿泊でご迷惑をおかけしました。
この日は本当に快晴。今シーズンは雨続きだったので奇跡のような1日だ。というか、この登攀期間中、好天周期が続いたことが、本当に信じられない。
私は現地で一ヶ月間、それを肌身で体感していたのだから。
普段フリーばかりやっている自分でも、山やっていて良かったと心底思える素晴らしい縦走路。全く、黒部源流山域は素晴らしいの一言だ。
そして私にとって一番重要だったことは、薬師岳まで、一般の登山者に誰ひとり会わなかったことだ。
さて下山
岳山荘から太郎までは意外と下りが長い上に登り返しもあって難儀した。
太郎平小屋にてゆっくりとお昼ご飯を食べる。
薬師沢からの急登も、ホームに戻った感じで心地よい。奥日本庭園で薬師岳をじっくり眺めてから雲ノ平山荘に戻ると、みんなが労ってくれた。最高だ。国立公園問題に関して行政と重要な会議をなさっていたご主人にも再会。いつものように酷い冗談を言いながら、旅の終わりを感じていた。
以下、行政会議の概略
幕切れ
戻ってきた。そして、繰り返された日々は終わりを告げる。
雲ノ平ならではの景色を一巡。
次の日は少しゆっくりした後、三俣山荘まで登山道直しの資材を歩荷。
そして次の日、下山。入山から延べ37日間が経っていた。帰りたくないけど大学が始まっちゃうんだよ。あぁ変なことを思い出してしまった。こうして俺はあの無為無聊な日常に沈み込んでいくんだなぁ。
総括
数年前からトラッドクライミングに傾倒していた私はクライミングの「スタイル」について考える事が多くなった。
スポーツ化が進むクライミングに若干の違和感を感じつつ、よりディープなクライミングの世界に浸れている自分に快感を持っていた。
また自分は同時にフロンティアを重要にし、縁あって大きな開拓クライミングに参加させて頂いたり、自身でも開拓を行ってきた。
ただただクライミングが楽しくて没頭していたが、そこに不確定要素はなかった。
赤牛の稜線から初めて見たビンガの高度感は凄まじかったし、前日夜の「本当に行けるのか」、登りながらの「本当にラインはつながるのか。撤退は?」などと言った駆け引きの感情も久しく経験していなかった。今回、かなり弱点をついた構図となってしまったが、自分の圧倒的経験の少なさも感じたし(当たり前か)、より深くクライミングと関わり、自然と対話する事ができたと思う。
そして何より、グラウンドアップで、オールフリーオンサイトで、オールナチュラルプロテクションで、そしておそらく初登であると。スタイルとしては眩いばかりの文字を並べる事ができた。満足するつもりも、余韻に浸るつもりもさらさら無い。でも布石は確かに、打った。
今、初冬の黒部に思いを馳せる。
毎日汗水垂らして働いた小屋は雪に埋もれ、可憐な高山植物も、じっと息を潜めているだろう。あの日攀じた滝も凍りつき、水晶や薬師といった名峰の数々も、夏と違った荘厳な姿で、でもその実変わらず聳え立っている事であろう。
季節は確実に進行し、時間は確かにすぎていく。
生々流転なこの世の中で、生きとし生けるものの中で、俺はクライマーとして存在している。
まさに「与えられたものに誠実に」俺は登る
何故登るのか。
俺の現時点での回答は、
時が流れるから
意味が分からんけど。俺の中では上手く落とし込めてる気がする。
登ることが存在の証明。
追記
今回の記録をロクスノ#93のクロニクルに寄稿しました。謎にクロニクル最大面積でお恥ずかしい限りです。俺が狂った要因である山野井さんの特集ということで何故か私も誇らしいのです。
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