上ノ黒ビンガ 「What’s my life 5.10- PD/300m」初登

上ノ黒ビンガ。そう聞いただけでピンときたあなたは、相当マニアックな方か、我々同様黒部という地に熱い憧憬を抱いている者だろう。

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Prologue

「俺の人生、何なんだ!」

日本有数の山岳地帯である(当社調べ)黒部の、人痕絶えた稜線で、その若者は叫んだ。眼下に鋭く刻まれた黒部峡谷のど真ん中。側壁に目指す上ノ黒ビンガの威容が、確かに彼の目に映っていたに違いない。

深い

若者が叫んだその問いは、BonJoviの『Its my life』のメロディに乗っけられて無惨にも黒部川の底に沈んでいった。いやはや、酷い冗談だ。

深い

圧倒的なものを目の当たりにして、目の前は本質の原石で構成された世界線にも関わらず、若者の延長線上にある空間は、酷く歪んでいた。見失う。それとも少し違う気がする。何なんだろうこれは。俺は一体全体、何がしたいんだろう。何でここにいるんだろう。どうなるんだろう。

感覚

価値

様式

意義

意味

定義

深い

その後、ひとしきり落ち着いてから若者はこう漏らした。「いやぁ加藤さん。ホンマ、俺の人生って何なんすかね」

それほどまでに、黒部は深かった。いや、正確にいえば深そうだと感じた。この若者では、到底その深さは測れないほどに。


ってのがルート名の由来なんすよ。いやなげーよって割には大した内容でもないので書いてる方も泣けてきました。

とか気合い入れて書いてたら、腹が減ってきた。うん、難しいことは考えないでおこう。俺には向いてない。生きてりゃ腹も減るし糞も出る。人生ってのはそんなもんなのかもしれない。飯を食って糞を出す糞袋は糞袋らしく一時の快楽だけ求めて彷徨すれば良いだけだ。このfuckin baby!

これではヘンなことも考えざるを得ない

経緯

雲ノ平山荘で一ヶ月ほど小屋番をしていた私は、この山域で何かやりたいと思い、下界のかとーパイセンと電話でやりとりをし、上ノ廊下遡行の計画を立てた。

しかし今年は本当に雨が多く、水量が多く断念。その計画段階から気になっていた上ノ黒ビンガは、登山体系、及びネットにもそこまで情報が無く、これをグラウンドアップのフリーでやれたら中々面白いんじゃないかと言うことでこちらに変更。当初は上ノ廊下を流されながら下降してアプローチが面白いと思っていた。

しかし9/7に私がイワナ釣りに行った時点で既に沢に氷が張るまで冷え込んでいたためこちらも断念。

9/9、下界から上がってきたかとーパイセンと現地で合流。次の日はヘリを手伝って、翌々日に出発した。

記録

Day1 9/11

雲の皆んなに見送ってもらって出発。

この日は朝から冷たい風雨で、関西の冬山の10倍寒い。

水晶小屋の人たちに暖かい物でもてなして頂く。

いやー辛い

一時間のんびりした頃には雨も止み、服を4枚も重ね着して行動。

水晶岳にて なんの展望もなし

でも水晶だけから降る途中、一気に視界が晴れ出した。どうやら曇りと晴れの境界線にいるらしく、物凄いスピードで雲が上がってきては、視界の開け具合が一分単位で変わっていく。

max視界がこれくらい。これの五分前は右手前の丘も全く見えてないくらいの視界

その後の縦走路はひたすらに長く単調なもの。

歩くパイセン

でも人っこ一人いないアルプスの稜線を歩けてるだけで気持ちがいい。

雷鳥もたくさんいる
赤牛岳へ登るパイセン

とにかく重い登攀具への悪態を叩きまくりながら14:02に赤牛岳。だいぶ時間がかかってしまったため、あまり休まずに赤牛岳から北西に伸びる岩稜を下る。

ロープを越えて、登山道から未知の領域へ

地形は分かりやすいが岩がかなり浮いていて難儀する。

トラバースするパイセン
これは巻くか登るか迷ったが、巻き気味に裏から上がった。とにかく足場が不安定。

この日は薬師見平までの予定だったが、時間切れのため、2465mピーク点前のコルで幕営。土木工事の末完成したテント場は、2割ほどが宙に浮いていた。

分かりにくいけど傾いてるし、右側は浮いている

色々べしゃって就寝

Day2 9/12

この日は朝イチから地獄の藪こぎである。

最序盤 これはマシな方

行動開始2分でハイマツの概念を覆される。なんせ、背丈が3m程あるのだ。「這ってないやん!High(高い)松やん!」なんて軽口叩けるうちはまだましである。なんせハイマツを踏みながら歩いているとそこは地上1m。滑らして足を踏み外そうものなら頭が下になり、ハイマツの十時固めにあって四肢が全く動かせない。そこから25kgのマカルーもろとも立ち上がる頃にはもはや半分酸欠である。

ずっとこんな感じ。目線が本当にここ。今思い出しただけでも、、

そのため藪が頭より低くなると嬉しくなって「ギヒヒヒヒ」といった有り様である。幸せ指数低いな、俺ら。

その後、絶望のハイマツが終わって笹藪になった。しかし、我々は「ササ」なるこのふざけた名前の植物を完全に見くびっていた。今思い返すだけでもおぞましい。私たち二人は今後「ササ」と聞いただけで全身の細胞が震え上がり、通常の生活を送ることが困難になるのだ!ササニシキなんてもう食えない。ささやかなお祝いも沢山だ。

一見そこまで太くない。でも冷静に考えてみるとササでこれってマジやばい

直径は約1.5cm。細いように聞こえて、実際に相対峙するとそれはまごうことなく「タケ」に分類されるべき輩である。それがおびただしい物量で我々に襲い掛かって来る。股の間に5本ほどササが入ると身動きが取れなくなるので、出した足の延長線上に次の足を置かないといけない。その上濡れたササはこの世の終わりのように滑るのである。急斜面を下っていた僕たちはことあるごとにスリップし3mほど落とされては起き上がるということを繰り返した。

ヤブlogという新ジャンルを確立した。

0:05の時点でかなり下に見えるダケカンバが、一瞬の映像の乱れの後、0:07の時点で目の前にあることがお分かりいただけたろうか。これは濡れた笹でスリップして落ちたところでこのダケカンバに衝突して止まったという図式である。また、この時の時反応から推測できる通り、この程度は日常茶飯事である。

また、0:23くらいで、かとーパイセンが一瞬にしてフェードアウトする瞬間もミドコロである。加藤さんはこの時落ちたあと、再びカメラに映るまで動いていない。0:43の地点まで滑り落ちているのである笑

また、ササが固すぎて、掻き分けているときにすねに当たり、それが蓄積される事ですね全体が内出血し、無惨に腫れ上がっていた。そこにダケカンバの枝でも当たろうものならもう絶叫である。手も顔も生傷だらけ、レインウエアも裂け、正に阿鼻叫喚。

薬師見平 ここを秘境と呼ばずしてなんというか

満身創痍の我々は何とか薬師見平に到達するのである。

あのトンガリから下りて来た
高度が一定な、不思議な雲

十分達成感がある薬師見平で大休止を取って回復した我々は、薬師見平から流れ出る小さな水路を発見。これがファインプレーで、早々にガレ沢の中ノタル沢に到達した。

藪漕ぎしなくていいだけで何と楽なことか。漕いだのは15分ほどだけ。そこからガレ沢が陥没していて、懸垂でないと降りれなさそうだったが歴戦かとーパイセンがルートを見つけ出した。

渓相が険しくなったところで沢タビを装着。

こんな感じの際どいクライムダウンが連続する。時にはザックを落とし、空荷で。

沢登りで、登るだけなら全く問題ない滝なのだが、やはり下降は怖い。

上の右の滝は実は上から見たらこんなの。毎回、今度こそだめなのか、と思わせられながらもルートを見出し、突破していく。

一番際どかったクライムダウン。パイセンも奮闘
ついに対面!

本当に下降しきれるのか定かでない中、とある滝の落ち口から黒部川の河原を見たときには相当テンションが上がった。特に沢ヤであるかとーパイセンは憧れの黒部本流、上ノ廊下のど真ん中ということで爆上がりしていた。

ついに到達

薬師見平からは藪区間が想定よりかなり短かったため、14:00前には到着。早速本命ビンガへのアプローチを偵察。

ついに相対峙した本命上ノ黒ビンガ。こいつのために、雲ノ平から丸二日間歩いて来たのだ。

取り敢えず左岸に渡渉して何とかなりそうだったため幕営。焚火しながら食料をやや多めに食って眠りにつく。

アンジュウノ、キャンプジョウヲ、テニイレタ

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