孤独はいずれ輝く

ロックンロールの狂気が、僕を蝕む足音が聞こえる
震わせながら
揺れながら
料理をしながらイヤホンから流れてきたtoeの曲は僕の自我を喪失させるには充分で、気付けばそこに料理になるはずだったはずの無惨に焦げた食材があるだけだった。またあるときは、街を歩いているときにその場で動けなくなって立ち尽くし、あまりの寒さに体が震え出した時にようやく我に返ることができたりしたこともあった。
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iPhoneの通知が、僕にここ数日のイヤホンからの音量暴露限界を超えたことを知らせてくる。
ロックンロールの狂気の前では、誰もそれに抗うことができない。これまで積み上げてきた人生の価値判断基準を失い、誰もが同じ曲で感動し、誰もが同じアーティストを崇め、誰もが同じところでプチョヘンズアップ。自分を信じ、カルチャーを信じ、ロックを信じて聴き続ける度に、僕らはその狂気に敗北している。
シャワーを浴びている時だけはイヤホンができないので、その時だけ僕は少し正気に戻ることができる。でも1人で部屋に戻るって髪を乾かしていると、どうしようもなく孤独が押し寄せて、僕はまたロックに身を委ねて少しだけ安心する。
ドライヤーで髪を乾かしている間は何も聞こえないので髪を乾かす
佐クマサトシ「solution」(『標準時』より)
Spotify無料プランの情けない広告や、YouTubeのそれなんかが時折僕を現実に引き戻す手助けをしてくれているのはすごい皮肉だ。僕は無料コンテンツに広告が挿入されていて、クリエイターに収益が入るシステムを地獄のように毛嫌いしている(利用側として)けど、そのチクチク感も全て平らに均されるほど、僕はロックの狂気に屈服している。
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小さい時からQueenに傾倒し、大きくなってからもThe Crashをはじめとしたパンクロックに心を壊され、T.Rexに出会ったことで完全に歪められた僕の自意識は、今も暴走を続けてその矛先はポストパンクとオルタナなロックに向かう。
Fishmansによって頂点を知り、ゆらゆら帝国が「空洞です」を出したことによって、日本の”オルタナロック”というジャンルの音楽の文脈は一度完璧に終結したものだと僕は信じていた。でも最近その思慮浅さを省みてもう一度ディグっていたら出会ってしまったのがtoeであり、「グッドバイ」であった。
彼らの圧巻の狂気が僕を壊すのに、そこまでの時間は必要ではなかった。
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うまく届かないんだ
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「NOW I SEE THE WORLD」
toeのニューアルバム。その衝撃をうまく言葉に表すことができない。
「Our Latest Number」以来、約6年ぶり4枚目のオリジナルフルレングスアルバムのリリース。結成から24年が経つバンドなのに、である。
元々インストのバンドであったtoeの供給が少ないことは、その圧倒的にソリッドな音楽性に拍車をかけている。メンバーのほぼ全員が、このバンド以外に別の仕事(音楽関係であったり、デザインの分野であったりなど)をしていることにも起因するだろう。あまりにも緻密で削ぎ落とされた音が、高い技術によって完成された領域に昇華している。
そんな楽器の音や、レトリックな歌詞、結成や信条などのメタ的な要素、そして1曲の重みや衝撃がtoeの持つ世界観のポエジーを高めているように感じることができる。(ちなみに僕は詩的であるかどうかの判断はシビアな方だと自負している)
嗚呼そうか、toeってこういう事を言っていたんだ。こういう事が言いたかったんだな。今の僕なら真っ直ぐに受け止める事ができる。
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その先は無いんだ
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もう普段の生活で、嘘の言葉しか吐けなくなってきた。
いや、自分が話している言葉が全部嘘に感じてきてどうしても心がざらついてしまう。嘘は方便とは本当によく言ったものだけど、友人と話している時の僕の言葉は発される前からすでに汚れていて、僕がいうべきことなんて一つもないんじゃ無いかという気すらしてくる。僕は誰かと関わることは根底的に向いていない。孤独を愛しているとかいう美しいものでもなく、ただの根暗だということでもない。
僕は僕の心の手触りに正直なだけだと思っている。
でもこのまま行ってしまうとこの先、ロックを聴くか、詩を読んでるか、乱雑な文を殴り書きすることしかできなくなってしまうのかもしれない。
本当にどうにかなってしまいそうだ。
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もう声は枯れた
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ということで、雨の音楽番外編、toeで、「LONLINESS WILL SHINE」でした。
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